Ads by Google
新しい記事を書く事で広告が消せます。
![]() | 元禄御畳奉行の日記―尾張藩士の見た浮世 (中公新書 (740)) (1984/09) 神坂 次郎 商品詳細を見る |
くわばらくわばら…恐ろしい世の中ですの。文左衛門の生きた元禄の時代、五代将軍綱吉の世といえば、真っ先に思い浮かんでくるのが例の“お犬さま”騒動、前代未聞の悪法「生類あわれみの令」こと殺生禁令であろう。
(略)
この悪法は、年とともにエスカレートしてとどまることをしらなかった。
(略)
日本中の犬に戸籍をつくらせ、病犬には犬医師、犬針立(鍼医者)が出向き、病死した時には、《ブチ毛女犬一匹相煩ヒ候ニ付、御犬医××薬用ヒ候ヘ共、療治相叶ハズ、今夕損ジ申シ候》など、人間並みの死亡届けを出させた。
近松が流行り→心中が流行るなど(それ以外の場面でも)当時の人命の扱いがあまりにも軽い事だけは、どうもいただけませんが(くわばらくわばら)。文左衛門というのは愉快な男である。庶民の唯一のたのしみである食欲や、趣味の魚釣りまで封じてしまった「生類あわれみ」を茶化したかのように、親友の加藤平左衛門と二人で“無実講”という正体不明の会をつくりあげ、その発表のお祝いだといって御禁制の魚を買ったり、雁鍋をつついたりしている。
「今日、加藤平左と無実講の祝ひとて四十文づつ出し、鰡二本買ふ。大くづしにし葛溜りにて煮てたべる。美味舌喉に充つ」(元禄6・12・8)
「夜、余と加藤平左衛門、神谷弾(段)之右衛門、都筑分内と、鳥目丁八十六文づつ出し、雁一羽を料理し、勝手にてくらふ。歌浄瑠璃、興を催す。若し、柿羽織(諸事取締りの簡略奉公の配下たち)聞かば如何」(元禄7・2・3)
もちろん文左衛門は、目下、病膏盲の感のある魚釣りや投網打ちを止めようという気などさらさらない。






