そんな先日(6月15日付)、矢沢大先生のエッセーの1/4回目が載ってた。
(略)
でも、自分の方向が見えなくなると暗闇に入ってしまう。
暗い明日を想像するくらい苦しいことはないんだけどね。
(中略)
自分の人生を照らす明かりは、自分の心の中に灯しておかなくては
いけないもので、他人に吹き消されてはだめです。
(略)
思わず、グッと来た。
流石ですな。
くじけそうになったら、この言葉を思い出し、元気を出そう。
感謝!
エッセーの全文は↓こちらでどうぞ。
朝日新聞・朝日求人欄より
仕事力・「信じろよ、自分を」 矢沢永吉 第一回
<悔しいのが原点だったね>
なぜうちだけが違うのか。惨めな思いだった。
僕が3歳の時に母は家を出てしまったし、小学校2年で父が亡くなった。
だから僕はあちこちの親類に預けられ、そして祖母に引取られて育ててもらった。
貧しかったですね。生活保護を受けていたし、
学校の給食費も、教科書代もすべて免除される。
そういう特典が恥ずかしくて、悔しくて何で僕だけがそうなのか、
こんな屈辱的なことはないと思っていた。
自分が親になったら、息子の給食費や教科書代は絶対払ってやると誓っていましたよ。
道具が買えないからスポーツなども参加できなかったし、いつもおなかが減っているし。
つまらない、つまらないと言うのが口癖だったけれど、
それを聞くとおばあちゃんは「面白いところに行け」と言うだけ。
でも涙ぐんでいることもあった。
それでも僕がぐれなかったのは、音楽に出会ったからです。
ベンチャーズがすごい人気で、エレキギターの音にまず夢中になった。
もちろん買えないから、友達のを触らせてもらうだけ、
ビートルズを知ったのもその頃で、自分で作曲のようなことを始めたんです。
楽曲の本を買って、発声練習なんかも1人で始めてプロになる気持ちが固まっていった。
人がなんと言おうと自分の夢は必ず叶うと思っていたのは、不思議だね。
それだけ今の境遇から這い上がりたいと思っていたし、
とことん音楽に夢中になる自分を信じられたんだと思う。
曲をずいぶん書きため、後にヒットする「アイ・ラブ・ユー、OK」も
18歳の時にはできていた。
音楽でスターになる、その思いの強さだけで広島を出てきたけれど、
いい曲を作って、何でもやってやるという覚悟だけは大したものだった。
<進みたい方向は自分で決めないと苦しい>
どんな苦しい境遇でもビートルズがいた。それには心から感謝している。
もうドッカーンというエネルギーで、僕を音楽の世界へ引っ張ってくれた。
それがなかったら僕の人生はどうなっていたか見当もつかない。
矢沢はね、音楽を作るという、手に職を持つことができたから、今が幸せなんです。
それを自分だけの手でつかんできたことが、プライドでもある。
だから若い人にも、人生を貫く仕事にたどり着いて欲しいと思う。
食うには困らないように、何とか生きていくのが君に人生か。
でも、自分の方向が見えなくなると暗闇に入ってしまう。
暗い明日を想像するくらい苦しいことはないんだけどね。
親や学校、そしてマスコミも好きなことを言ってる。
低成長時代に突入したから、すべて安全に選ばなくちゃいけないなんてね。
いい子になってその助言だけを聞いていたら、迷路に入る。
自分の人生を照らす明かりは、自分の心の中に灯しておかなくてはいけないもので、
他人に吹き消されてはだめです。
僕は成りあがるという言葉を大切に思っている。
自分の手で階段を上っていくわけで、本当はこんなワクワクすることはない。
うちは裕福だからとうそぶいている人だって、そのご先祖の誰かが成り上がったんです。
成り上がりの反対は、ぶら下がりだ。
やっぱりそれじゃつまらないよね。
(談)


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